初めての現役ドラフト その価値の検証
昨日行われたブレークスルードラフト会議(現役ドラフト)では、予め定められた規則通りに12球団のそれぞれで1名ずつの選手が他球団に移籍し、合計で12選手のシャッフルが行われると言う結果になった。
NPBからの公示は下の表にまとめられている。
一巡目が終了した時点で二巡目を希望する球団が複数あり、当日の参加者によると、リストにはまだ有力な選手が残っていたそうだが、二巡目で獲得を希望されている選手の所属している球団が辞退したため、二巡目は行われず終了したらしい。
現役トレードの価値、つまり通常のトレードにはない利用価値として、数日前の記事で私は次のように書いた。
”私はと言えば、現役ドラフトの最大の価値は、3チーム以上にまたがる間接的なトレードを可能にすることで移籍市場を活性化することにあると考えている。
例えば、A球団では外野手が余っており、代わりに左の中継ぎ投手を欲しがっているとする。また、別のB球団では、外野手を欲しがっており、代わりに右の先発は出しても良いが、左の中継ぎ投手に余剰人員はいないとする。
この場合、通常のトレードだと外野手の移籍についてはA球団とB球団の間で合意できる可能性があるが、左の中継ぎ投手や右の先発投手については話をつけることが難しいためトレードは成立しない。金銭でのトレードというのもないわけではないが、可能性はかなり小さくなるだろう。
他方、C球団では左の中継ぎ投手にトレードで出しても良いと考えている候補があり、右の先発を欲しがっているとすると、C球団から左の中継ぎ投手がA球団へ、A球団からB球団に外野手が、そしてB球団からC球団に右の先発投手がそれぞれ移籍するという形で3球団間での間接的なトレードが成立することになる。
この例は3球団間での選手の移籍だが、現役ドラフトではより多くの球団が絡み合うなど多様なパターンが成立することになるだろう。これはトレードにはないメリットだと思う”
昨日の結果を踏まえて、このような”多角形トレード”がどの程度成立していたのかと言う観点で今回の現役ドラフトの価値を検証してみたい。
スポーツ紙によって若干異なっているのだが、実際に起こった時系列に沿って各球団の指名の連鎖を追ってみよう。
【最初の指名ループ 四角形トレード】
報道によると、事前の候補選手リストへの投票で最も人気が高かったのは日本ハムで、事前の取り決め通り最初の指名権を得た。
日本ハムの指名は西武ライオンズの松岡投手(左投げリリーフ)であり、次の指名権を得た西武が1番人気だった日本ハムの選手(おそらくは直後に指名される古川投手)を指名すれば、この2球団間が選手を交換し合う通常のトレードで完結していたのだが、実際には西武の指名は阪神の陽川選手(右打ち内野手)であったため、この指名ループは拡大することとなった。
次に指名権を得た阪神はソフトバンクの大竹投手(左投げ先発)を指名し、続くソフトバンクは日本ハムの古川投手(左投げリリーフ)を指名することで、この指名ループは完結した。
まとめると次のようになる。
阪神の右の代打でおそらく1番優先順位の高かった”左腕キラー”の陽川選手を阪神が手放したことには少し驚いたが、その対価として、左の先発で中継ぎもこなせる大竹投手を獲得したと言うことでメリットはあったのだろう。
代打としての適性のある右の強打者である陽川選手を獲得した西武ライオンズにもメリットはあっただろうし、彼らの”持ち駒”だった右投げのリリーフである松岡投手では強力なブルペンを擁する阪神とのトレードは成立しなかっただろう。
全体として見ると、この指名連鎖のループは四角形トレードとなっており、三角形トレードですらほとんど見ることのないNPBの移籍市場では画期的なものだったと言えるのではないだろうか?
【2番目の指名ループ 三角形トレードその1】
既に指名を終えた4球団を除く8球団の中で事前の投票数とウェーバー順位を考慮して広島が指名権を得ることとなり、巨人の戸根投手(左投げリリーフ)を指名した。
戸根投手については、かねてから広島のマツダオーナーが新人ドラフト時に巨人が指名していなかったらうちが行っていたと語っていたように評価していたようで、やはりメリットがあったと思われる。
ここでも、巨人が広島の正随選手を指名していれば2球団間のトレードでループは完結していたのだが、巨人は同じ右打ちで長打力のある外野手でも楽天のオコエ瑠偉選手を指名した。
オコエ選手は甲子園で大活躍し2015年ドラフトの目玉選手として楽天が1位指名したと言う経緯が示す通り、ポテンシャルの高い、そして名前の通った選手である。
いかにも巨人が欲しがりそうな選手だが、これが正随選手(右打ち外野手)だったら戸根投手とのトレードは成立していただろうか?ひょっとすると、現役ドラフトと言う新しい制度で初めて生じた可能性だったのかもしれない。
そして、楽天が広島の正随選手を指名して三角形トレードの指名ループが完結した。
【中日ーDeNAの一対一トレード】
残った5球団の中で指名権を得たのは中日ドラゴンズで、DeNAの細川成也選手(右打ち外野手)を指名した。
このブログでも既に書いたが、佐野、桑原、オースティンに加えて大田、神里、楠本、蝦名、関根という多様な人材が鎬をけずるベイスターズ外野陣ではバッティング、守備ともに粗さの目立つ細川選手がそれを克服するために必要な経験をつむだけの出場機会は今後も得られないと思われるので、この移籍は本人にとってはチャンスだと思う。
しかし、少し意地の悪い言い方をすれば、ここまでの指名順を見れば分かる通り、長打力のある右打ちの外野手というグループの中で、細川選手はオコエ選手、正随選手に続く3番手の評価だったということになる。
彼には、そういった自分の立ち位置を客観的に俯瞰して、今やるべき課題に取り組んでいって欲しい。中日移籍後は、少なくともファームではある程度優先的に打席が与えられるだろうから、そこで結果を出すことがまずは最低限の目標だろう。
素人目にも分かるほど肩に力の入った今のバッティングでは、やはり一軍の投手の変化球についていくのは難しいように思う。
脱力して軽く振るような意識変革を中村紀洋コーチのもとで身につけることができるか、他チームではあるがこれからも見守っていきたい。
そして、ベイスターズの指名は笠原梓太郎投手(左投げ先発)。
笠原投手は独特のチェンジアップを活かして一時はドラゴンズの開幕投手を務め、侍ジャパンにも選出されるなどの活躍を見せてが、その後、不整脈の症状が出るなどの不運もあり、近年はやや低迷している印象だった。
今シーズンは7月14日のヤクルト戦(バンテリンドーム)で5回1失点に抑える投球をみせ3年ぶりの勝利を飾るなど、4試合に先発して1勝2敗、防御率 5.29という成績だった。
こういっては失礼だが、この3年ほどは対戦相手としては「打てそう」なピッチャーという印象で見ていたが、環境と指導者が変わることによって変身することはあり得る。
彼の得意なチェンジアップを生かすためにも、やはりストレートの球威を増すことが必要で、投球メカニズムを熟知した小谷アドバイザーや動作アナリストの揃ったベイスターズでその課題に取り組んで欲しい。
昨日のブログで書いた通り、細川選手のプロ初打席での初ホームランの相手は笠原投手だったので、この二人には因縁があるように思われる。
この二人の因縁が二人揃って移籍後に活躍するという形で実を結ぶことを祈っている。
【最後の指名ループ 三角形トレードその2】
最後に残った3球団の中で指名権を得たのは千葉ロッテで、オリックスの大下誠一郎選手(右打ち内野手)を指名した。
そして、オリックスはヤクルトの渡邉大樹選手(右打ち外野手)を指名し、ヤクルトはロッテの成田翔投手(左投げリリーフ)を指名して全球団の一巡目指名が終了した(前述の通り、二巡目は実施されず)。
冒頭に述べた通り、私は現役ドラフトの価値は、通常のトレードでは難しい多角形トレードを促進することで、一対一のトレードでは移籍することが叶わずダームで燻っている選手に出場機会を与えることにこそあると考えている。
この意味では、二つの三角形トレードと一つの四角形トレードを実現した現役ドラフトには一定の価値があったものといって良い。
楽天の石井監督などは「必ずやらないといけないものなのか?」という疑問を呈していたという噂話も報道されていたが、もし本当にそうおっしゃったのであれば、私は「必ずやらなければいけないものしかやってはいけないのか?」という疑問をお返ししたい。
現役ドラフトという制度はまだ未成熟であり、各球団ともおっかなびっくりという側面もあったと思う。
今回の移籍組の今後の成績をモニターしつつ、制度の改善を図って、少なくとも数年は継続して欲しいところだ。
”新しい試みがうまくいくことは半分もない。でも、やらないと自分の世界が固まってしまう”
羽生善治
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