mizuyashikiのブログ

横浜ベイスターズを中心にその時に考えていることを書きます。

横浜の街は悲願の優勝をどれほど待ち望んでいるか



先日の佐野恵太キャプテンの契約更改後の記者会見で、神打開を果たすと言っていた。


マリオカート用語で一旦順位を下げてアイテムを手に入れるなどしてから逆転して浮上する戦略を打開と言うらしい。


ベイスターズは2021年に一旦最下位まで沈み、そこで力をつけて今シーズンは2位に浮上した。


佐野キャプテンによれば、これは打開にあたるとのこと。


そして、その佐野キャプテンが来シーズンの目標として挙げたのが神打開。2位浮上が打開だとすれば、これはもう優勝しかない。


このことは既にこのブログでも書いたことだ。


私は彼のコメントを見て、久しぶりに優勝という言葉を口に出してみた。


横浜ベイスターズの優勝は悲願の優勝と言われる。


今日はその辺りのことを少し書いてみよう。



【38年に一度の優勝の重み】


横浜ベイスターズはこれまでに2度リーグ優勝を果たしている。


ベイスターズファンは皆が誦じていると思うが、1度目は大洋ホエールズ時代の1960年、そして2度目は横浜ベイスターズになってからの1998年だ。そして、2度とも日本シリーズを制して日本一に輝いている。


この間の38年は優勝から遠ざかっていたわけだ。


1998年の優勝の時に当時の波留選手が冗談で、皆さんまた38年後にと言ったのは有名な話だが、冗談ではなさそうなところが恐ろしい。


私は1960年の優勝の時はまだ生まれていなかった。


そして、1998年はイギリスに住んでおり、横浜スタジアムに観戦に行くことは勿論、テレビで観戦することもできなかった。


当時のヨーロッパではJSTVと言う日本語専用のTV放送があり、主にNHKの番組を放映していた。


スポーツニュースもあったのだが、プロスポーツについては、「著作権の都合でお見せすることができません」と言うテロップが出て画面が止まってしまう。そして私は音声だけを頼りに何が起きているのかを推論するのだった。


加えて、月に一度くらいだが、日本の新聞のサマリー版のような冊子が出て、主要なニュースの記事を読むことができた。


私はこうした極く限られた情報を頼りに、ペナントレースの状況を遅れがちながらフォローし、横浜駅に大魔神社というものができて、佐々木主浩の右腕の形をした御本尊のようなものが祀られていると言うことを知った。



そして、帰国して日本に住むようになってから20年以上が経過したが、その間、2位が2度あった(2019年と2022年)だけで最終盤まで優勝争いを繰り広げると言うこともほぼなかった。


それもそのはず、その間の大半は暗黒時代と呼ばれる、スターウォーズで言えばハン・ソロがカーボン冷却で固められていたような時期で、ルーク・スカイウォーカーも不遇だったのだ(何のこっちゃ)。


38年に一度優勝するというのはこういうことだ。


そう言えば、1998年の優勝が決まった試合で、前年に亡くなったベイスターズの大ファンだったお父様のご遺影を持ってスタンドで応援していたお嬢さんがいらっしゃったという事を例の日本語版ニュースで耳にした。


38年に一度優勝するというのはそう言うことなのだ。



【都市とプロ野球チームの優勝】


ご自身も熱烈なベイスターズファンである佐藤多佳子さんの書かれた「いつの空にも星が出ていた」は傑作だと思う。


時代も年齢も異なる何人かが主人公となる短編小説集なのだが、共通しているのはただ一つ。彼らの全員がベイスターズファン(時代によってはホエールズファン)だと言うことだ。


いつの空にも星が出ていた、と言うこの本のタイトルも、どの時代でもベイスターズの選手達は不器用に、一生懸命に戦っていて、我々ファンはナイターの夜空に輝く星のような彼らをずっと見つめて来た、と言うような意味が込められていると思う。


この本はベイスターズ文学の金字塔だと思うので、未だ読んでいないと言う方は是非ご一読ください。



この本の中に1998年の優勝の時代の話がある。


優勝パレードと言うものを行うのだが、何せ横浜市としては初めてのことなのでどうしたら良いのかわからない(1960年の優勝はホエールズの横浜移転前)。


古くなった市営バスの屋根を切りとり、オープンカー風にして選手が沿道のファンに手を振る。


そして、紙吹雪を舞わせようと言うことになるのだが、神の大きさが分からない。実際には我々が想像するよりずっと大きな紙片を使わないと「紙吹雪」と言う見た目にはならないらしい。


横浜の街を埋め尽くすベイスターズファンに囲まれてオープンカーから手を振るベイスターズの選手達。ああ、現地で見たかった。



今はベイスターズ通りと呼ばれる横浜スタジアム脇の小道に当時店を構えていた知り合いのお寿司屋さんは優勝が決まった日に店の前に日本酒の樽を置いて道行く人にふるまったそうだ。


皆行列に並んで日本酒を飲んだそうだが、同じ人が何度も行列に並び直して飲んだりしていたそうだ。「あっ、アイツこれで三杯目だ、と思った」と言う話を聞いた覚えがある。


都市にとって、フランチャイズのプロ野球チームが優勝すると言うのはこう言うことだ。


そして、それが38年ぶりということになればなおさらだ。


ところで、フト思ったのだが、横浜ほど人口の多い都市でプロ野球チームの優勝が一度しか無いというのはかなりまれなのではないだろうか。


現在の12球団のち都市の人口と優勝回数を調べてみた結果は下の表の通り(昨年末時点)。



リーグ優勝の回数が最も多いのは勿論、46回の東京なのだが、人口1000万人の都市なのである意味当たり前だ。


人口との比較で目立つのは、人口34万人で18回の優勝を経験した所沢(西武ライオンズ)と人口48万人で5回の優勝を経験した西宮(阪神タイガース)だ。


ちなみに、人口100万人あたりの優勝回数と言うよく分からない指標を導入すると、所沢が約53、西宮が約10となる。


この指標を横浜に当てはめてみると、人口377万人でリーグ優勝1回なので、人口100万人あたりの優勝回数は0.27となる。


なんと、所沢の1/200しかない。


あまり驚いたので、グラフにしてみよう。



横浜は棒グラフが小さすぎて見えない。


つまり横浜の街は、所沢の200倍優勝を待ち望んでいるのだ。


これが横浜の悲願の優勝の数値だと私は思う。


頑張れベイスターズ。


来年こそは優勝しようぜ!


とりあえず予祝しておこう。