森敬斗の輝く季節が再び巡ってきたらしい
ベイスターズは最終回に一点差を追いつくと、延長10回で勝ち越し、4-3で接戦を制した。
試合が終わり、勝利のハイタッチや互いの健闘を讃える儀式のような時間が過ぎると、選手たちはとりとめもなくガヤガヤしながらロッカールームへと引き上げて行った。
ベンチに残った選手は森敬斗のみ。
どうやらヒーローインタビューに呼ばれているらしい。
今日の試合では、何人かヒーローの候補と呼べる選手たちがいた。
6回をソロホームラン2本による2失点で切り抜け、20試合連続でQS達成という偉業を成し遂げた東克樹
4回の先頭打者として一時リードを2点に広げる大きなソロホームランを放った筒香嘉智
2-3で迎えた最終回の攻撃で値千金の同点ホームランを右中間スタンドに放り込んだタイラー・オースティン
2回二死一塁からのスリーベースによる先制点や10回の攻撃の起点となるなど活躍し、2回の守備でもライトからのレーザービームで失点を防いだ梶原昴希
彼らの働きの一つでも欠けていれば、今夜のベイスターズの薄氷を踏むような勝利はなかったはずだ。
しかし、1人だけという慣例のあるビジターチームのヒーローインタビューに選ばれたのは森敬斗だった。
森はベンチに腰掛け、球団スタッフと雑談などしてなかなかインタビュアーの待つグラウンドに行こうとはしなかった。
チームの勝利を噛み締め、自身がそれに貢献したという確かな感触を味わう至福の時間がいつまでも続いて欲しいと願っていたのかも知れない。
インタビューを受ければ、それがこの素晴らしい夜を終わらせてしまう。
しかし、彼の登場を今や遅しと待ちわびているファンをいつまでも放っておくわけにはいかない。
森は、意を決してベンチから駆け出して行くと、エスコンフィールドのスタッフからマイクを受けとり、スイッチが入っていることを確かめるためにヘッドを軽く叩いた。
乾いた音がスピーカーを通じてドーム全体に反響した。
その唐突な音を聞きながら、ヒーローインタビューが久しぶり過ぎてアマチュアの選手のように緊張していることがバレてしまうのではないかと思い、森は少しヒヤッとした。
イヤ、今日はいいんだ。
そんなことは気にせずに、チームの勝利を心から祝ってくれる多勢のファンたちと喜びを分かち合えば良い。揚げ足をとるような人は居ないんだ。
それにしても、横浜から遠く離れた北海道までこんなにたくさんのファンが来てくれたのか。
この多くの人たちの時間と労力に報いるためにも勝ててよかった。
“みんながつないでくれたので。前の打席で三振してしまっていたので、その悔しさをぶつけてやろうと思って打席に入りました”
“打った瞬間にヒットになると思ったので、もう、ホントにメチャメチャ嬉しかったです”
“エスコンフィールドに初めて入ってみると本当にスケールが大きくて、中はすごく綺麗で。こんなところで活躍できたらどんなに幸せかと思って、頑張りました”
“(スタンドを埋めたファンに向かって)打席でも守備の時にも、大きな声援をいただいて本当に助かりました。交流戦優勝できるように明日からも頑張りますので、宜しくお願いします”
ご存知の通り、2019年に高卒ながらドラフト1位で入団した森敬斗は類まれな身体能力を持ち活躍を期待されながらも、度重なる怪我に泣かされた。
あれは一昨年のオープン戦、いやその前の練習試合だったか、トップスピードでサードに向かっていた彼は突然ハムストリングの肉離れを発症し、そのスピードのまま転倒してもう一方の脚を捻挫するという大きな怪我を負った。
高速で走るレーシングカーがクラッシュしたような光景だった。
そして昨年は手首の故障。
三浦監督からは、お前、今頑張らないと忘れられちゃうぞ、と言われたが、その危機感は自分自身が一番強く持っている。
今シーズンも2軍スタートで新人の石上泰輝や2年目の林琢真がショートのスタメンで出場することが多かった。
そして、5月になって初めて1軍昇格のチャンスが回ってきた。
今度こそ、このチャンスをつかまないといけない。
彼は、注目されることの光と影の両方を入団後の4年間で噛みしめてきた。
思うような結果が出ない中、眉目秀麗な顔立ちでもどちらかと言えば損をすることの方が多かったような気がする。
しかし、今度こそ大丈夫だ。
身体能力が高いが故の空回りや守備のミス、経験不足から来る打席での淡白な凡退を克服するための時間はもう十分に費やした。
今日の最後のタイムリーを見てくれ。
大振りせず、高めに浮いたカットボールをコンパクトにしっかり捉えた。
落ち着いて自分のすべきことをしっかりやることができた。
今度こそ、森敬斗が本当に輝く季節が巡ってきたらしい。
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