伊藤光の自分自身への挑戦
昨日から伊藤光捕手に関する記事が各スポーツ紙にいくつか掲載された。
一つは自分自身の体調やメンタルに関するもの(日刊スポーツ12/26)で、その中でサッカー元日本代表主将のDF長谷部誠さんの著書「心を整える。勝利をたぐり寄せるための56の習慣」を読んで考えたこととして次のように語っている。
「競技は違っても気持ちが通じたり、勉強になったりはする」
「僕のポジション的にもそういうところ(長谷部選手のキャプテンシー)なので。長谷部さんと面識はないが、プレーしているのに第三者的に物事を捉えられて実行できているのがすごいな」
「捕手でも入り込んでしまうと取り返しがつかない。それがいいこともあるが、第2の監督といわれるポジションなので、いろんなところに広い視野を持ってやらないといけない」
また、10月には右肩関節唇と関節包のクリーニング手術を受けており、その後の状況について次のように話している。
「春のキャンプは万全でいける予定。1月中旬ぐらいには、すべてのメニューを制限なくやるという予定」
今シーズン後半は、一塁走者が俊足の場合かなり走られていた印象があるが、それが肩の故障のためであり、今回の手術によって大きく改善するのであれば、まだまだベイスターズの正捕手として頼りになる存在だ。
「第2の監督といわれるポジションなので、いろんなところに広い視野を持ってやらないといけない」というコメントからもわかるように、元来、意識の高い選手である。
チームの勝敗を左右するような重要な場面で、首脳陣の意図を酌みながらもバッターに一番近いからこそ見える情報を駆使し、経験値を活かしたリードを見せたいという意欲が強いのだろうと思う。
リードという意味でも彼の発言がいくつかのスポーツ紙に載っている。
伊藤捕手は、古巣オリックスの若きエースである山本由伸投手の日本シリーズでの投球を見て、「全ての球を(厳しいコースに)決め切っているのでなく、甘いところでも抑えられている」として、山本投手の「腕を強く振って打者に向かっていく姿勢」が甘い球でも抑えられる要因と分析している。
ベイスターズの投手陣については「競っている場面で四球が多く、大量失点で勢いを止めてしまった」と言っており、コーナーを狙いすぎての自滅だったと考えているようだ。
彼は「投手は四隅に投げ抑えるのが理想だが現実は違う」と考えており、ベイスターズの投手陣にも山本投手の姿勢を参考に、腕を強く振って打者に向かっていくピッチングを提案している。
この提案については、山本投手の球威あってこそ「甘い球でも抑えられる」のであって、他のピッチャーに同じことを求めるのは無理だという意見も多くあるようだ。
そこで、山本投手とベイスターズの投手の比較をしてみようと思う。比較対象としては、同じく高卒で2016年ドラフトの京山将弥投手を選んだ(たまたまだが、山本投手も京山投手もドラフト4位で入団した)。
沢村賞投手と比較しては京山投手がかわいそうだが、やはり成績には大きな差がある。
真の失点率と言われるtRAが5.074(京山)に対して2.272(山本)、投手力の指標であるFIPでは4.265(京山)に対して2.238(山本)、そして奪三振率は7.759(京山)に対して10.587(山本)となっている。
投球ゾーン別の被打率を見てみると、まず、二人とも右打者のアウトロー、左打者の外角に集まっており似たような分布を示していることがわかる。
そして、山本投手の方がより厳しいコースにまとまっており(右打者に対する全投球のおよそ半分が低めにきておりこのゾーンの被打率は1割以下。左打者に対しては投球のおよそ半分がアウトコースに集まっており、これも被打率は1割以下)、甘い球でも抑えられるという開き直った投球をしているわけではないことは明らかだ。
どうも伊藤光捕手の提案は、常にアバウトなコントロールで思いっきり投げて来いということではないように思える。
少し目線を変えて得点圏での被打率を比べてみると、山本投手は.176という素晴らしい数字を残しているのに対して、京山投手は.293という厳しい結果に終わっている。
伊藤捕手はおそらくこの辺りのことを言っているのだろう。
そう言えば、つい先日も書いたが、今シーズンの最終戦(10月28日カープ戦)での京山投手は次のようなピッチングだった。
京山投手は序盤から力強いストレートを投げ無失点に抑えていたが、6回につかまった。小園のライト前ヒットの後、4番西川の意外なバントの構えを警戒しすぎてストレートのフォアボール。この辺から彼のピッチングのバランスが明らかに崩れたように見えた。
その後、4連打で0-4となり、なお一、二塁でピッチャー大瀬良のバントの構えに対してフルカウントから再びフォアボールで歩かせ、無死満塁としたところで降板。
厳しいところを狙ってフォアボールで走者をためる→押し出しを避けるために甘いボールを置きに言って痛打される→打たれるのが嫌で厳しいところを狙ってフォアボールで走者をためる→押し出しを避けるために甘いボールを置きに言って痛打される→・・・というループだった。
伊藤捕手の提案は、フォアボールを出してから「押し出しを避けるために甘いボールを置きに言って痛打される」のであれば、最初から「たとえ痛打される可能性はあっても思い切り腕を振ってストライクゾーンで勝負する」方が同じように甘いコースに行ったとしても打ち取れる確率が高いだろうということだと思う。
そう考えると、そもそも京山投手と山本投手を比較する必要はなかったということになる。
つまり、京山投手が現在の実力のまま投球するのであっても、「厳しいところを狙ってフォアボールで走者をためる」に始まる自滅ループにはまるよりは、「たとえ痛打される可能性はあっても思い切り腕を振ってストライクゾーンで勝負する」という戦術を最初からとった方が良い結果になる(自社比)ということだ。
そしてもう一つ。これが伊藤光選手の捕手としての矜持だと思うのだが、点差の少ない競った試合展開で得点圏に走者がいる時、ベイスターズの若手投手陣がメンタル的に追い詰められがちな状況で、彼は「楽に投げられるようなリードをする」と言っている。
これは、恐らく、投手が「たとえ痛打される可能性はあっても思い切り腕を振ってストライクゾーンで勝負する」という覚悟をした上で、彼が、その日の投手の各球種の球威と打者の特徴やその日の調子そして次の投球として何を待っているかという読み、そうした現場の知識を総動員して「失投しても抑えられる、あるいは長打はない」サインを出すから任せろ、ということを宣言しているのだと思う。
これは彼にとっても挑戦だ。場合によっては首脳陣とは違う考えでその場のリードをすることもあるだろう。以前に一度、事前のチームの方針とは異なる方向で今永投手をリードして懲罰っぽく交代させられたこともあった。
そういったことの反省も盛り込み、「捕手でも入り込んでしまうと取り返しがつかない。それがいいこともあるが、第2の監督といわれるポジションなので、いろんなところに広い視野を持ってやらないといけない」という意識を持ちつつ、もう一度彼は絶体絶命のピンチを現場の知恵で切り抜けるからついて来てくれと言っているのだと思う。
私は彼のこの挑戦が成功することを心から祈っている。

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