昨年5月、球団の広報を通じて入江大生選手から次のようなメッセージが発表された。
“右肩の手術をすることを決断しました。
シーズン中にも関わらず、このような報告になってしまいすみません。
昨年の8月から調整を続けてきましたが、うまくいかないことが多く、リスタートする方が最善だと考えました。
チーム関係者の方々や、楽しみに待ってくださっているファンの皆さまにご迷惑をおかけしてしまいますが、100パーセントの状態に戻し、1日でも早く再びチームに貢献できるよう頑張りたいと思います。
引き続き応援よろしくお願いいたします。”
投手にとって利き腕の肩にメスを入れるということは重い決断であり、入江投手の状態がそこまで深刻だとは思っていなかった我々ファンは驚き、そして心配した。
その後、球団から入江投手が右肩のクリーニング手術を受けたこと、そしてその手術が成功したことが伝えられた。
それからしばらくして、彼自信の口から手術の概要が明かされた。
“肩の場合は、患部を開いてみないとわからないことが多いんです。僕は結局、開いて3か所手術をしました。ベネット(骨棘)を取って、関節唇をクリーニングして、そしてもうひとつ、肩の後ろの関節包(肩甲上腕関節の上方、前方、下方、後方をぐるっと一枚の袋のように覆っている組織)を縫い合わせたんです”
“僕の肩は可動域が出過ぎてしまい、それが負担に繋がっていました。可動域を抑えるために関節包を縫い合わせたんですけど、たぶんこの手術をしたのは野球界で僕が最初だと思います”
手術後のリハビリ期間中、横須賀のDOCKなどでランニングや種々のトレーニングに励む姿がSNS等で伝えられたが、入江投手の表情はおしなべて明るく、回復が順調に進んでいることが伺えた。
そして、今シーズンの開幕直前、3月22日ベルーナドームでの西武戦において9回に登板し三者凡退に抑えた。
その後の彼の躍進はこのところ連日報道されている通りである。
元々ストレートに力のある投手だったが、故障前と比べて格段に球速(最速159キロ)もキレも増している印象だ。
まさに打者を制圧する投球ができている。
14試合に登板して1勝0敗7セーブ、防御率0.64、被打率.133、WHIP0.71、奪三振率9.00という数字がその充実ぶりを表している。
特に5月に入ってからの5試合では出した走者がわずかに1人(5月9日カープ戦での菊池選手のツーベース)、もちろん無四球、無失点だ。
昨年5月の時点でここまでの活躍を予見できた人がどこまでいただろうか?
入江投手のこの一年を見ていると、「超回復」という言葉を思い出す。
超回復、あるいは過回復という用語は筋トレなどで良く使われているが、次のような意味である。
“「超回復」とは、筋トレによって破壊された筋肉が休息によって回復する際に、以前よりも強い状態となることで、「破壊と再生」を繰り返すことで、筋繊維が太く、強くなっていきます”
https://miyukinosato.or.jp/miyuki/hhlab/hhlab-1051/
入江投手の超回復とはどのようなものだったのだろうか?
一つ考えられることは、術後の投球ができない期間に体幹や下半身を中心として徹底的に筋力の強化を図った効果だ。
DOCKでのトレーニングでの充実した表情を見る限り、これは十分に考えられることだ。
実際、彼の身体つきは故障前よりも一回り大きくなったように見える。
そして、もう一つ考えられることは、彼の肩の特徴と関連している。
上記の通り、入江投手は自分の肩の可動域が大きすぎると語っている。
このことから察するに、彼はルーズショルダーの傾向があるのではないだろうか?
ルーズショルダーは動揺肩とも呼ばれ、肩関節が多方向の不安定性を生じて、異常に緩くなってしまう状態のことを言います。この障害では投球動作中にバランスを崩して肩関節の部品を傷めるなど、大きな外力がかかっていない場合でも微小な外傷によって、疼きや痛み、不快感、脱力感を訴えるようになります(医療法人・飛翔会HP)
これだけ読むと、ネガティブな印象しか残らないが、野球の場合はそうとも言えない。
ルーズショルダーで有名な投手と言えば、古くはヤクルトスワローズの石井智仁さん、身近な例では今永昇太投手、そして同じくMLBで活躍している千賀滉大投手が挙げられる。
その千賀投手を見出したソフトバンクの当時の小川スカウトは次のように語っているのだ。
“故障のリスクはあるものの、ルーズショルダーの選手は素晴らしいボールを投げるんです。なぜなら肩回りの関節が柔らかいからです。
逆に言えば肩の可動域が広いということ。それによってボールに強いスピンをかけることができるんです”
“ルーズショルダーにはネガティブなイメージがつきまといますが、“不治の病”どころか、正しいトレーニングを積めば、ピッチャーにとっては強力な武器となり得るのです。
アマチュアの世界には、ルーズショルダーが原因でマウンドに立てない第2、第3の千賀滉大が眠っている可能性があります”
そうだ。
入江投手は、きっと、ルーズショルダーというかつては持病と思っていた肩の特徴を理解し、最新の術式で手術を受け、適切なトレーニングを行い、後ろ(テイクバック)を小さく前(エクステンション)を大きくとるようにフォームを最適化することによって大きな武器に変えたに違いない。
肩の不安定性というのは自由度が高いということでもあるのだ。
そう言えば、こんな言葉もあったっけ。
“自由と不安定というのは同じものなのさ。本人の気分で呼び方を変えているだけなんだ”
実はこれは私自身が20数年前にイギリスから帰国して1人で会社を始めた時に捻り出した名言風のセリフなんです。
思えば私は昔からこういうスナフキン風の深そうに聞こえる文章を作るのが得意だった。
おっと、完全に脱線してしまった。
ともかく、入江大生投手には、ルーズショルダーという不安定さを自由な肩の動きという武器に変えて◯◯魔神という名前で呼ばれるような圧倒的なクローザーになってもらいたい。
私はそれまでに、この新しい魔神のニックネームを考えることにしよう。