土曜日の大貫にあって日曜日のバウアーに欠けていたかも知れないもの
6月21日 大貫晋一
9回、101球、被安打7、奪三振4、与四球0、与死球1、失点0
6月22日 トレバー・バウアー
1回0/3、41球、被安打8、奪三振2、与四球1、与死球0、失点7
簡単に言えば、大貫投手は101球で完封勝利という準マダックスの好投だったのに対して、バウアー投手は1回に5点を失い、さらに2回にもロッテ打線に捕まって一死も取れずに降板した。
この違いはなんだったのだろう、と考える。
トレバー・バウアー自身の試合後の談話では、(恐らく幾らかの負け惜しみと強がりは入っていると思うが)調子はむしろ良かったと語っている。
球数が少なかったので、確とは判らないが、ストレートの球速や変化球のキレが火曜日のライオンズ戦から大きく変わっていたようには見えなかった。
ただ、マリーンズの各打者が狙い球を決めてドンピシャのタイミングでスイングしていたという印象はある。
この点は20日に4失点したアンソニー・ケイの時も同様だ。
それに対して、大貫晋一の投球ではマリーンズの各打者が自分の間合いでスイング出来ておらず、15のゴロアウトを記録したことからもわかる通り、当たり損ねの打球が多かった。
バウアー投手やケイ投手と大貫投手の違いは何だったのだろうか?
そんなことを考えていたところ、たまたま目にしたDELTAのウィークリーレポートにヒントになりそうな記事があった。
アーセナルと言う指標(私は寡聞にして初耳だった)についてのものだが、もちろん、これはロンドンにあるフットボールチームのことではない。
Arsenalというのは直訳すると「武器庫」ということになるが、日本の野球解説者の方々が時おり口にする投球の「引き出し」という言葉に近いニュアンスのように思う。
ところで、近年、ピッチモデリング評価というものが持て囃されているが、誤解を恐れずに単純化すれば、これはピッチャーの投げる個々のボールの球威を指標化したものということができるだろう。
圧倒的な球威のボールを持つ投手が打者を制圧することができるのは、今回の交流戦でベイスターズ打線が制圧されたライオンズの今井投手やホークスのモイネロ投手の例を見れば明らかだ。
しかし、我々は、剛球投手だけが良いピッチャーではないことも知っている。
剛球の代わりに、彼らは多彩な変化球や緩急あるいは投球の間合いなどを駆使して打者を欺き、タイミングをずらすことで凡打を量産していく。
個々の投球しか評価できないピッチモデリングを補完して、ある投手の全ての球種全体(arsenal、武器庫、引き出し)を使って打者をどれほど欺くことができているかを評価するために考案された指標がアーセナルということらしい。
まず前提として、バッターがボールをミートするためには、ホームベースの7〜9m手前のあたり(decision point(判断点)と呼ばれる)までに判断して始動する必要があり、ここで、球種やコースあるいは球速についての判断を間違えると対応できず、空振りや打ち損ないになると言うことがある。
逆に言えば、投手がリリースするまでの体勢や腕の動き、そしてリリースから判断点までのボールの軌道といった情報からどのコースにどの程度のスピードのどんな球種がくるかを正しく判断することができれば、プロの打者はしっかりと捉えることができる。
そこで、投手は、同じリリースそして判断点までの軌道でありながら打者の予想を裏切るようなボールを投げることで欺くことができる。
DELTAの記事では以下のサイトが引用されていたが、英文なので要点のみまとめる。
https://www.baseballprospectus.com/news/article/96026/introducing-new-arsenal-metrics/
アーセナルと言うのは、以下の4つの軸でこの方法での投手の欺瞞性(deception)のレベルを数値化するもののようだ。
(1) Pitch type probability
判断点までの情報で打者が実際の球種を正しく判定できる確率であり、この数値が低いほど欺瞞性が高いことになる。腕の振りや判断点までの軌道が似通った複数の球種を持つ投手ほど良い。
(2) Movement spread
腕の振りや判断点までの軌道が同様の投球がホームベースに到達する時点での位置としてどの程度バラつくかを示す指標。この数値が大きいほど、(1)の判断ミスによってボールからかけ離れたところを振ってしまう確率が高くなる。
(3) Velocity spread
腕の振りや判断点までの軌道が同様の投球がホームベースに到達するまでの時間がどの程度バラつくかを示す指標。この数値が大きいほど、(1)の判断ミスによってスイングのタイミングが外れる確率が高くなる。
(4) Surprise factor
(1)、(2)、(3)の結果として、打者の予想していたボールの動きからどの程度外れるか、打者にとってどれほど驚くようなボールとなっているかを示す。
この記事では、ミルウォーキー・ブルワーズのトバイアス・マイヤーズ投手の投球に対するアーセナルの適用例が挙げられている。
下の左の図はマイヤーズ投手の持ち球である速球(FA)、スライダー(SL)、カットボール(FC)の軌道を示したもので、左上の3色の点および楕円はそれぞれの球種のリリースでの平均の位置とばらつきを表す。
3つの球種がほとんど重なっており、リリース時点では非常に見分け難いことがわかる。
また、中央付近の3色の点および楕円はそれぞれの球種の判断点での平均の位置とばらつきを表し、ここでも楕円はほぼ重なっている。
この結果は、上記の(1) Pitch type probabilityが低く、打者がマイヤーズ投手の球種を正しく判定する確率が低いことを示しており、また、球種によって球速帯はかなり異なるため、打者は判断ミスによってタイミングを崩される可能性が高いと考えられる。
下の図の左側はマイヤーズ投手がスライダーを投げた場合、打者はどの程度の確率で各球種のうちのどれと判定するかを示しており、また、球種毎に変化量(縦軸が縦の変化、横軸が横方向の変化)がどの程度異なるかを示している。
実際の球種はスライダーであるにも関わらず、打者がその投球をスライダーと判断する確率は36%であり、間違って速球だと思ってしまう確率も同じく36%あることがわかる。
そして、この二つの球種の変化量はもちろんかけ離れている。
一方、昨年、一時ドジャースに在籍していたホセ・ウレーニャ投手のスライダーは86%と言う高い確率で打者にスライダーと正しく判定されてしまっている(だから戦力外になったのでしょうね)。
トレバー・バウアーやアンソニー・ケイと比べると、ピッチモデリングで評価される球威という面では大貫晋一は遠く及ばないかも知れない。いや、多分、そうだろう。
しかし、恐らく、好調時の彼は、速球、スライダー、カットボール、スプリット、ツーシームと言う持ち球の全体として高いアーセナルを示しているのではないだろうか?
それに対して、立ち上がりに失敗したバウアー投手とケイ投手は個々の球に威力はあったが、全球種を使って打者を欺くことができていなかったのではないだろうか?
先日の記事にも書いたが、金曜日のケイ投手はスライダーを投げる時に素人目にもわかるほど腕の振りが緩んでいた。
恐らく、pitch type probabilityが高かったのだろう。
先ほどのマイヤーズ投手の例を最後にもう一つ。
ある投手と初対戦した打者は前出の図のように彼の他の球種との比較でどのボールかを判断する訳にはいかない。
彼は自分の対戦したことのある他の投手との比較で球種を判断することになる。
下図はマイヤーズ投手のスライダーを初めて見た打者がMLBの全投手と比較してどの球種と判断するかを評価した例だ。
打者が彼のスライダーをスライダーと判定する確率はさらに低下し、むしろ速球と認識する確率のほうがかなり高くなっていることを示している。
アーセナルの高い技巧派の投手と交流戦で対戦する打者はまさにこの状況になるのではないだろうか?
今年の交流戦を振り返ってみても、大貫投手をはじめ、ドラゴンズの松葉投手、マリーンズの石川投手、タイガースの大竹投手など打者を欺くことに長けた技巧派の投手が好投した印象が強い。
先週末の大貫投手とバウアー投手の明暗を分けた要因は、実際にはこんなに簡単なものではないかも知れない。
しかし、ピッチモデリングに基づき球威のあるボールを磨く投手とそれを打つ鍛錬に励んでいる打者の対決が取り沙汰されることが多い中、全く別の軸となる投手の欺瞞性と言うキーワードはこれからまたリーグ戦での試合を見ていく上で注目すべき要素であるような気がする。




このブログへのコメントは muragonにログインするか、
SNSアカウントを使用してください。