この豆苗には折れない芯がある
大貫晋一投手が数日前(12月1日)に契約更改を行い、3020万円増の年俸8800万円でサインした。
大貫投手は豆苗と言うあだ名の通り、プロ野球選手としては細身の身体で、顔つきもおとなしく見えるので、軟投派の投手に見えるかも知れない。
しかし、ピンチでギアを上げて決然と勝負球を投げ込む時の姿には強い意志を感じる。
“なよ竹の 風にまかする 身ながらも たわまぬ節は ありとこそ聞け”
と言う句もあるように、普段穏やかでか弱気な人が思いもよらないほど強い気持ちを持っていたりするものだ。
【大貫晋一のこれまでの危機と飛躍】
大貫投手は、これまで、何度か瀬戸際に立たされている。
最初は、日体大2年生の時に受けた右肘のトミージョン手術。復帰登板までに1年半を要し、大学生活の大半をリハビリ生活で過ごした。
その後、見事に復活して、新日鐵住金鹿島での活躍がスカウトの評価を受け、2018年のドラフト3位でベイスターズに入団したが、ルーキーイヤーにも非常に厳しい洗礼を受けている。
2019年6月22日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦で先発したが、この日は不調で、打者7人に対して4安打3四球で4点を取られてなお無死満塁という場面で降板した。
2番手・進藤拓也も流れを止められず、大貫の残した走者を2人返したため大貫の失点は「6」となった。
その後、見事に復活して、その年新人としては上々の6勝(5敗)を挙げた。しかし、翌年も大貫を苦難が待ち構えていた。
その年の初登板となった7月2日の巨人戦は4回を投げ2失点で降板、さらに10日の阪神戦では3失点を喫しわずか1イニングで降板を命じられた。
その後、大貫は首脳陣の信頼を失っていたように見えたが、ローテーションの谷間だった7月14日の中日戦に半ば消去法的に中3日で起用された。
この窮地の登板で大貫は目の覚めるような投球を披露した。
ストレートで押し込み、新球であるカットボールなど変化球を多彩に投げ分けゴロを量産。ふたを開けてみれば8回被安打3で自責点1、89球で勝利投手となった。
この「中3日」で、木塚投手コーチから、始動を指先からに変えてみろというアドバイスを受けて、これで劇的に何かが変わったらしい。高度に感覚的なものだと思うので、素人には全くわからないが。
ともかく大貫晋一は、三たび、見事に復活した。そして、今年も前半は打ち込まれて、一時信頼を失いかけたが、またもや見事に復活したのは我々の記憶に新しい。
大貫は、「1試合1試合、いつもラストチャンスだと思って投げています。」と言っているが、彼の度重なる復活を支えているのは精神論だけではない。木塚投手コーチをはじめ、多くの有益な助言を素直に受け入れ、努力して培った技術が中心にある。
バッテリーを組むことの多い伊藤光は、次のように言っている。
「厳しいコースに投げるのは大事なことですけど、狙ったところに常に投げるのは難しい。
そこで、いかに甘いコースで打ち取れるかが重要になります。
甘いコースであっても、ボールの強さや変化球のキレで勝つことができることをピッチャーには知ってもらいたい」
この言葉は非常に深みのあるもので、最初に書いた大貫晋一の真の実力の源だと思うので、少し追記しておく。
ピッチトンネルと言う考え方がある。これは、下図に示す様に、ホームプレートの手前7〜9mのところにトンネルと呼ぶ仮想的な小さい円があるものと考え、この円を通した後、ホームプレートに達するまでの間にばらばらな場所に行くようにすると言うものだ。
バッターがボールを打つためには、トンネルのあたりまでに判断して始動する必要があるため、その後の変化には対応できず、空振りや打ち損ないになると言うのが背景にある。
ピッチトンネルの理論は一時期もてはやされすぎていて、実際にはコース自体が良いということの効用も含まれていたことが指摘された。しかし、それでも、宮下博志さんの最近の極めて緻密な分析の結果、ピッチトンネルにはやはり顕著な効果があることが示されている。
https://1point02.jp/op/gnav/column/bs/column.aspx?cid=53647
詳しくは上記のサイトで彼の論文を見てもらった方が良いが、簡単に言うと、次のようなことが結論として示されている。
1. バッターは真ん中高めの速球を狙っていて、これと同じ軌道の(つまり同じトンネルを通る)ボールに対して高い確率でスイングする。
2. 真ん中高めの速球を狙ってスイングを始めたバッターは、その後の変化には対応できず、特にストライクゾーンの境界あたりまで小さめに外れていくボールは高い確率で空振りあるいは打ち損じてしまう(大きく外れすぎると見極められてボールとなることが多い)。
つまり、伊藤光の言うように、ホームプレートから7〜9mのところまではバッターが一番好きな真ん中高めの速球と同じ軌道で、そこからストライクゾーン一杯にバラつくようなキレの良い多様な球種を持つことの有効性はデータ上も裏付けられている。
大貫晋一は、これらの助言を素直に受け入れて、真ん中高めの速球からのピッチトンネルを構築した。
そして、このトンネル内を通ってから真っ直ぐ進むあるいはそのまま落ちる球(フォーシーム、スプリット)、右に曲がるあるいは落ちる球(カットボール、スライダー)、左に曲がるあるいは落ちる球(ツーシーム、チェンジアップ)をいずれも高い精度であやつるスキルを身につけた。
この図は、大貫についてのiwoさんのノートに含まれていたものだが、これで見てもわかるように、彼は、ピッチトンネルを抜けて真っ直ぐ行ったり、左右に曲がったり、落ちたりするボールを持っている。
そして、それぞれのグループの球質ではっきりと球速差のある異なるボールも使うことで緩急をうまく使いバッターのタイミングを外すこともできている。
https://note.com/iwo__zon__/n/n73b1450754fd
大貫晋一がこれまでに味わってきた瀬戸際が数多くあったからこそ、そして、その度に、今度が最後になるかも知れないと言う危機感を持って切磋琢磨して新たな技を習得したからこそ、今の彼があるのだろう。
最初に言った、私が嬉しかった、というのはこのことなのである。
自分を破壊する一歩手前の負荷が、自分を強くしてくれる。 ニーチェ
【大貫晋一のこれから】
昨年の大貫投手の成績は、24試合に登板してキャリアハイとなる11勝(8敗)を挙げた。
防御率 2.77、被打率 2.51、WHIP 1.19という数字も先発投手として十分なものだし、意外と言っては失礼だが、奪三振率 7.77と狙って三振のとれるボール(スプリット)を持っていることも強みだ。
そして、何より、チームでただ1人シーズンを通して先発ローテーションを守り切った点が評価できる。
次の課題は、大貫投手本人のコメントにもあるように、先発投手としてのタフネスを身につけることだろう。
「(136回⅔と目標にしていた規定投球回(143回)に届かず、チームも2位に終わったことについて)悔しかった。
規定のリストに載っては落ちるということを繰り返していた。そこを目指して頑張っていきたいと思います」
さらに来季の開幕投手にも意欲を示している。
「今まではそんなに勇気もなかったですし、来年こそはしっかりとそこに立てるように狙っていきたいと思います」
【ナイツ登場】
塙 「今年のベイスターズ先発陣を引っ張ったのはなんと言っても今永とMNPQRでしたね。
土屋「・・・・・」
塙 「MNPQRは今永と違ってストレートでバッターを圧倒する訳じゃあないけど、やっぱりコントロールがいいよね。」
土屋「・・・・・」
塙 「豆苗とか言われて身体が細いから、これからは体力つけて長いイニング投げられるようにするのがMNPQRの課題ですね。」
土屋「O抜きだろ。紛らわしい呼び方するんじゃないよ!」
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