mizuyashikiのブログ

横浜ベイスターズを中心にその時に考えていることを書きます。

来季のスローガンは「横浜変新」に決定か?





CS第二戦に敗れた日の夜から発熱して数日間寝込んでしまった。


周囲からは、「可哀想に。やっぱりかなりショックだったんだね」などと言われたが、ナニ、偶々そうなっただけサ。


体調も回復したので、これから今季の反省と来季に向けた課題などをボツボツ書いて行こう、と思っていたタイミングで三浦監督の以下のような談話が報道された。


“来季に向けていろいろ考えている中でね、いろいろあります。(課題は)一個じゃないです”


“来季に向けてチームとして同じことはできないとしても、うちのところでいろいろ改善していかないといけないところもありますし、変えていかないといけないところもある。自分自身も変えていかないといけないし、いろんなものを変えていかないといけない”


“今のままじゃいけないから、それしかないですよ。全員が思ってるんじゃないですか、全員が思わないと駄目ですよ”


この談話に対して、「変えると言っても、何を変えるのかがわからず抽象的だ。これではダメだ。具体的にどうするつもりなのかを言って欲しい」と言ったコメントがインターネット上で散見される。


そうですね。これだけだと計画や戦略はさっぱりわからない。


しかし、私としては、三浦さんが感じている「変わらなくてはいけない」という変革と進歩への渇望を現時点では評価したい。


むしろ、安易に「阪神にあってウチになかったもの、四球と盗塁を増やす」などと短絡的なことを性急に言い出さなくて良かった、とも思っている。



【自分自身も変えていかないといけないし、いろんなものを変えていかないといけない】


皆さんご存知の通り、三浦さんはホエールズ〜ベイスターズ一筋、投手として24年間にわたって現役を続けてこられた。


従って、私は、彼がプロ野球については酸いも甘いも、表も裏も全て分かっている、と思い込みがちだったが、良く考えてみるとそうでも無いのかも知れないと思うようになった。


理由は単純。


先発投手は中6日で登板するので、ベンチの中つまり現場でゲームに参加するのは6試合に1回だけということだ。


実際、24年間で三浦大輔投手が登板した試合数は535、つまり年平均で22試合程度ということになる。これは野手のレギュラーと比べると随分少ない。


ちなみに、今年3年目だった牧秀悟のこれまでの出場試合数は既に415に達しており、来年には三浦さんの24年間の総数を上回ることになるだろう。


他方、野球と言うスポーツの焦点であるピッチャー対バッターの勝負については、1試合に4打席程度しか経験しない打者に対して先発投手は実に多くの場数を踏んでいる。


三浦大輔投手が24年間に対戦した打者の数はのべ13,657人。



つまり、三浦さんは現役時代にピッチャー対バッターの勝負という局地戦を13,657回経験する一方、9回まで一貫したゲームの流れとしては535回しか経験していないことになる。


このバランスは野手あるいは中継ぎ投手達とは大きく異なっている。


そのせいか、三浦さんの采配やチームのマネジメントを見ていると、どうも、野球の試合と言うものを個別の「勝負」に分解してみる傾向があるように思う。


打たれた投手や凡退した打者を同様の場面で「やり返せ」と言う気持ちで起用したり、回またぎの投手をあわよくばと念じて続投させたり、と言う試合の流れよりも個別の勝負を重視するような采配が多い。



こうした采配は「勝負勘に欠ける」などと言われているが、上述した彼の経歴のために試合全体を通しての経験が不足しており、しかも野球のゲームを個別の勝負に分解して考える傾向があることを反映しているように私は感じている。


言い方を変えれば、三浦さんは、ピッチャー対バッターの勝負という局地戦の繰り返しではない9イニングのゲーム全体の流れと言うものを監督に就任した2021年から改めて勉強しているところなのではないだろうか?


失礼を承知で言えば、監督として未成熟だと思う。


いや、良い方に目を向ければ、まだ伸び代がある、と言うべきか。


今シーズンの終盤からCSにかけて、三浦さんのコメントで変わったな、と思うことがあった。


以前は、出来なかったのは選手の責任という認識の発言がしばしば見られたが、最近は、出来ない選手を起用した(あるいは選手のできないことをやらせた)自分の責任と言う趣旨のことをおっしゃる様になった。


この点については賛否両論あると思うが、私は、三浦さんの監督としての成長だと評価している。


だって、出来なかったら選手のせいと思っている人が、監督としてレベルアップする筈はないじゃあ無いですか。


三浦さんがこの辺りのことを踏まえて「自分自身も変えていかないといけない」と語っているのだとすれば、我々ファンとしては彼を信じて応援し、背中を押すべきだと思う。



【生き残る種とは変化に最もよく適応したものである】


“生き残る種とは、最も強いものではない。


最も知的なものでもない。


それは、変化に最もよく適応したものである”


と言うチャールズ・ダーウィンの言葉はあまりにも有名だが、プロ野球の世界にも当てはまると私は思っている。


好打者を並べた強力打線、好投手の居並ぶ先発ローテーションと安定したブルペン、意識の高い選手たちが高度に連携したチームワーク、と言ったチームの傑出した強みは、それが他チームに認知された瞬間から攻略の対象になると考えるべきだ。


従って、こうした強みがどれほど傑出したものであったとしても、敵チームの対策に則して変化していくと言う柔軟な適応性が無ければ遠からず攻略され無用の長物となってしまう。


もしも三浦さんがこうした意味合いで変わっていくことを宣言したのであれば、私は喜ぶべきことだと思う。


監督就任以来、三浦さんは各選手の評価を一旦下すとそれを中々変えず、彼の頭の中にある序列あるいは格に応じて固定的に選手を使い続けることが多かった。


私は、チームの戦術や目指す姿については一度決めたらブレべきではないが、それを実現する個々のプレイヤーの選択については、適材適所で使用する引き出しの豊富さと好不調に応じて入れ替えられる選手層の厚さに裏付けられた柔軟性が必要だと常々思っている。


成長過程にある三浦監督が、徹底すべきところと柔軟に対処すべきところとを大げさに言えば逆転させる程「変える」と言うのであれば、私としては拍手を送りたい。



【そして新しい石の板も壊しなさい】


今年のペナントレースが阪神の独走で終わったこと、そして主力選手に比較的若いプレイヤーが多いことから、プロ野球解説者の中にも、タイガースが優勢であることはしばらく変わらず、これから阪神の黄金時代が来るだろうとおっしゃる方がいる。


しかし、こうした意見は現代のプロ野球の変化あるいは進化するスピードを過小評価するものであるように私には思える。


四球を含めた出塁率を重視した攻撃を一つの特徴とする今年のタイガースの型に対して、他チームのアナリストたちの分析と対抗策の研究は既に始まっている筈だ。


阪神タイガースがこうした他チームの工夫や改良にもかかわらず来季も連覇するためには、彼ら自身が一度作り上げた今年のチームを一旦壊して、秋季及び春季のキャンプで進化形に組み立て直すことが必要と思われる。


我がベイスターズについても、今季の阪神の強さと自分達の課題を分析して、2023年の勢力分布の中で優勝できるようにチームを改善するのでは勝算はない。


来季の各チームの戦略や投打の技術革新の可能性を分析・予想し、その結果に基づいて2024年に勝てるチームを作って行く必要がある。


そのためにはベイスターズがリーグをリードするような新しいアイディアを考案し、それを盛り込んだ戦略やチーム編成として形にして行くことが不可欠だ。


こうした工夫や戦略立案に関してはデータアナリスト達の果たす役割が重要であり、そのためには、1軍のコーチなどの現場にアナリスト達としっかり連携できる人材が必要となる。


先日発表された小杉コーチ、大原コーチ、つる岡コーチの昇格はこうした方向性とも合致するものであるように思われる。


“古い石の板を壊しなさい。そして、新しい石の板も壊しなさい”と言ったのはニーチェだったか。


今年の阪神タイガースは昨年までのセリーグを席巻していた野球と言う古い石の板を壊した。


しかし、彼らの野球は今や新しい石の板となっており、今度は誰かがそれをまた壊すことになるのだ。


それが我々の愛するチームであることを祈ろう。


28日からはじまるオリックスと阪神の日本シリーズは、新しい石の板の壊し方、そしてその先にある来年の新たな戦い方のアイディアを得る上で示唆に富んだものになると期待している。


三浦さんの「変わらなくてはいけない」と言う渇望を具体的なプランにしていく作業は、日本シリーズの見取り稽古から始まるような気がするのだ。




その分析とプランニングを踏まえて、ベイスターズは変わることになるだろう。


ただ変わるだけではなく、アイディアを盛り込んだ新しい形になる筈だ。


今年のスローガンを横浜挑戦を一字替えて横浜頂戦にした三浦さんのネーミングセンスに敢えて寄せて、来季のスローガンの予想は


“横浜変新“


としておこう。