今永昇太のストレートの「のび」と飛翔癖(野球の科学)
2021年シーズン後半の我がベイスターズの戦いの中で、私はフェルナンド・ロメロと今永昇太という持ち味の大きく異なる二人の才能豊かなピッチャーに注目していた。
この二人の終盤6試合の成績を比べてみると下の表のようになる。なお、投球回数はロメロ43回に対して今永38回である。
この表からも明らかなように、今永は多くの三振を奪い被打率は低いのだが被本塁打は比較的多い傾向であるのに対して、ロメロはあまり三振はとれずヒットも打たれるのだが被本塁打は少なく防御率も良い。
そして、勝敗は野手陣の援護等にもよるためかなり運によって左右されるが、結果的にロメロが4勝をあげているのに対して今永は1勝にとどまった。
この記事では、この二人の傾向を「球質」の差という観点から考えてみようと思う。
ピッチングに関する科学的分析は極めて豊富かつ詳細であり、決して専門家ではない私にその内容をこと細かに解説する資格はない。ここでは二人の投手を比較する上で必要最小限のことのみ述べて話を進めることにしたい。
必要最小限のこと、というのは次の三つである。
• マグヌス効果
マグヌス効果というのは、物理(流体力学)の分野で研究されてきたものである。
下の図のように流れる空気の中に置かれた球体の近くを流れる空気の速度は球体の回転によって乱され、速く流れる箇所①と遅く流れる箇所②ができる。この結果、①は圧力が低く②は高くなるため球体を下から上に押し上げるような力(揚力)が生ずる。
ピッチャーの投げるボールが曲がったり落ちたりあるいは浮き上がるように見えたりするのは全てこのマグヌス効果によるものである。
• 腕と手首の動き
プロ野球のピッチャーは腕と手を鋭く振ることによってあれだけ速いボールを投げる。そして、人間の体の構造上、腕と手の動きはそれぞれ肩や肘と手首という関節を中心としていずれも弧を描くようにしか動かせない。このため、腕と手を鋭く振ると指先は必ず弧を描いて「斬る」ような動き方にならざるを得ない。
「斬る」ように動く指先がリリース時にボールにかかっているとすると、ボールには強い回転が生ずることになる。もちろん、腕や手の動きを加減すればこの回転を抑えることはできるが、前回の記事でも書いたようにバッターは投手の肘と手首を凝視しているので、緩いボールを投げようとしていることがすぐにバレてしまう。
• 回転数と回転軸
「斬る」ように動く指先がリリース時にボールにかかっているとすると、と書いたが、指の間に挟むなどして指先がボールにかかっていない場合はどうだろう。この場合は、指先は空振りするだけでボールの回転には寄与しない。つまり、腕と手を鋭く振っているのにもかかわらずその力をボールの回転に使わない投げ方ができる。チェンジアップやフォークボールなどの緩く落ちるボールを投げる際のいわゆる「抜く」という感覚がこれにあたると思う。こうしてピッチャーはバッターから見えるフォームを変えずにボールの回転数を変えることができる。
指先がリリース時にボールにかかっている場合にはボールに強い回転が生ずるが、この際にボールの握り方や指先の力の入れ方を変えることによってボールの進行方向に対してどの方向の回転をかけるかを制御することができる。
ボールの進行方向(図の表から裏にボールが進むと思ってください)に対するボールの回転軸の方向はピッチャー側から見ると下図にあるような三つのものが考えられ、それぞれ異なる方向にマグヌス効果が生じる。
サイドスピンがかかっているボールはマグヌス効果によって左右いずれかに曲がり、トップスピンがかかっているボールは落ちる。バックスピンがかかっている場合はやはりマグヌス効果で揚力が生ずるためかかっていない場合よりも重力による落下幅が小さくなる。
どれほどバックスピンがかかっても決してボールが浮き上がることはないが、予想よりも落ちないためにバッターにはホップしているように見えることがある。江川卓や藤川球児のストレートが浮き上がって見えたというのはこのような視覚的な効果だ。
ジャイロスピンというのはボールの回転軸と進行方向が一致している場合で、ライフルの弾丸やアメフトのボールのように直進性の高い(正確に言えば理想的な放物線を描くような)軌道となる。
ピッチャーの投げるボールにはこれら三つの回転軸の成分がある割合で含まれることになり、サイドスピンの割合が大きいボールはスライダー、サイドスピンの割合が減ってジャイロ成分が増えたものがカットボールというように球種によってその内容は異なる。
例によって前置きが長くなってしまった。
ストレートの「のび」という言葉があるが、これは何を意味するのだろうか?
一つの答えは、バッターが思い描くような放物線を描かずあまり落ちてこないようなボールのことである(この差のことをホップ成分とも言う)。これは、強いバックスピンがかかっているためにマグヌス効果で揚力が生じているボールのことで、今永昇太の得意なストレート(フォーシーム)はこれにあたる。
前回の記事で書いたようにバッターはホームベース近くではボールを見ることができないため、リリースまでのピッチャーの肘や手首の動きとリリース直後のボールの初動を見て予測をたて、その予測に従って最適なタイミングに最適な位置でバットをボールにコンタクトしようとする。
そこで、バッターの想定以上にホップの効いたストレートが来ると、バッターは実際のボールの軌道よりも低い位置を目指して振ってしまうため空振りやポップフライになる可能性が高い。今永の高い奪三振率はこのことを表している。
しかし、ホップするバックスピンの効いたボールが運悪くバットに当てられた場合(試合の後半でバッターが軌道に慣れてきた場合など)、打球にもバックスピンがかかりやすく打球は落ちて来ずに遠くまで飛ぶこととなる。これが俗に言う「軽いボール」の正体と考えられる。
つまり、今永昇太の高い奪三振率と被本塁打の多さ(飛翔癖)は表裏一体のものなのだ。
そういえば、今シーズンのある時点で、今永とジャイアンツの丸の対戦成績は6打数2安打4三振で2本のヒットはいずれもホームランという絵に描いたような状況だった。
私は勿論これからも今永昇太を応援していくに決まっているが、そのことは、今後も胸のすくような三振の山と時折打たれる大ホームランという両極端を味わいつづけることを意味しているのだろう。
ストレートの「のび」についてのもう一つの答えは、ホップはあまりしないのだがバッターの予想ほどホームベース付近で減速しないボールというものである。私が思うに、ロメロのストレート系のボールはこのパターンではないか。
いやこれは次の記事で詳しく書くことにしたいと思う。
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