mizuyashikiのブログ

横浜ベイスターズを中心にその時に考えていることを書きます。

大貫晋一の修行の旅の現在地

10月25日 今日は嬉しいニュースがあった。


12球団で“過小評価”されている投手とは… 勝利数や防御率では計れない力を分析

https://news.yahoo.co.jp/articles/cb7ce1538887639ea797f2e0e3d4ae228efe92de


という記事だ。


援護の有無や守備の善し悪しそして運と言ったものをできるだけ排除した投手の実力を示すセイバーメトリックスの指標tRA※を登板回数70以上の投手で比較した結果、今シーズンのセリーグでは次のようになったということだ。

※ true Runs Average:簡単に言えば、投手がある打球を打たれた場合、結果的にアウトになったかどうか(これは守備に依存する)は無視して、その打球の種類に応じて予想される失点への寄与をカウントするもの


1 J・ガンケル(阪神)3.00

2 奥川恭伸(ヤクルト)3.03

3 柳裕也(中日)3.05

4 大野雄大(中日)3.24

5 大貫晋一(DeNA)3.27

6 大瀬良大地(広島)3.29

7 CC・メルセデス(巨人)3.30

8 床田寛樹(広島)3.44

9 高橋奎二(ヤクルト)3.55

10 今永昇太(DeNA)3.56


私が嬉しかったのは、大野雄大や大瀬良大地と言った球界を代表するエース達と肩を並べてベイスターズの大貫晋一が5位に入っていることだ。



大貫は、これまで、何度か瀬戸際に立たされている。


最初は、日体大2年生の時に受けた右肘のトミージョン手術。復帰登板までに1年半を要し、大学生活の大半をリハビリ生活で過ごした。

その後、見事に復活して、新日鐵住金鹿島での活躍がスカウトの評価を受け、2018年のドラフト3位でベイスターズに入団したが、ルーキーイヤーにも非常に厳しい洗礼を受けている。


2019年6月22日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦で先発したが、この日は不調で、打者7人に対して4安打3四球で4点を取られてなお無死満塁という場面で降板した。2番手・進藤拓也も流れを止められず、大貫の残した走者を2人返したため大貫の失点は「6」となった。


その後、見事に復活して、その年新人としては上々の6勝(5敗)を挙げた。しかし、翌年も大貫を苦難が待ち構えていた。

その年の初登板となった7月2日の巨人戦は4回を投げ2失点で降板、さらに10日の阪神戦では3失点を喫しわずか1イニングで降板を命じられた。


その後、大貫は首脳陣の信頼を失っていたように見えたが、ローテーションの谷間だった7月14日の中日戦に半ば消去法的に中3日で起用された。

この窮地の登板で大貫は目の覚めるような投球を披露した。ストレートで押し込み、新球であるカットボールなど変化球を多彩に投げ分けゴロを量産。ふたを開けてみれば8回被安打3で自責点1、89球で勝利投手となった。


この「中3日」で、木塚投手コーチから、始動を指先からに変えてみろというアドバイスを受けて、これで劇的に何かが変わったらしい。高度に感覚的なものだと思うので、素人には全くわからないが。


ともかく大貫晋一は、三たび、見事に復活した。そして、今年も前半は打ち込まれて、一時信頼を失いかけたが、またもや見事に復活したのは我々の記憶に新しい。


大貫は、「1試合1試合、いつもラストチャンスだと思って投げています。」と言っているが、彼の度重なる復活を支えているのは精神論だけではない。木塚投手コーチをはじめ、多くの有益な助言を素直に受け入れ、努力して培った技術が中心にある。


バッテリーを組むことの多い伊藤光は、次のように言っている。


「厳しいコースに投げるのは大事なことですけど、狙ったところに常に投げるのは難しい。そこで、いかに甘いコースで打ち取れるかが重要になります。甘いコースであっても、ボールの強さや変化球のキレで勝つことができることをピッチャーには知ってもらいたい」


この言葉は非常に深みのあるもので、最初に書いた大貫晋一の真の実力の源だと思うので、少し追記しておく。


ピッチトンネルと言う考え方がある。これは、下図に示す様に、ホームプレートの手前7〜9mのところにトンネルと呼ぶ仮想的な小さい円があるものと考え、この円を通した後、ホームプレートに達するまでの間にばらばらな場所に行くようにすると言うものだ。

バッターがボールを打つためには、トンネルのあたりまでに判断して始動する必要があるため、その後の変化には対応できず、空振りや打ち損ないになると言うのが背景にある。

ピッチトンネルの理論は一時期もてはやされすぎていて、実際にはコース自体が良いということの効用も含まれていたことが指摘された。しかし、それでも、宮下博志さんの最近の極めて緻密な分析の結果、ピッチトンネルにはやはり顕著な効果があることが示されている。

https://1point02.jp/op/gnav/column/bs/column.aspx?cid=53647


詳しくは上記のサイトで彼の論文を見てもらった方が良いが、簡単に言うと、次のようなことが結論として示されている。


1. バッターは真ん中高めの速球を狙っていて、これと同じ軌道の(つまり同じトンネルを通る)ボールに対して高い確率でスイングする。

2. 真ん中高めの速球を狙ってスイングを始めたバッターは、その後の変化には対応できず、特にストライクゾーンの境界あたりまで小さめに外れていくボールは高い確率で空振りあるいは打ち損じてしまう(大きく外れすぎると見極められてボールとなることが多い)。


つまり、伊藤光の言うように、ホームプレートから7〜9mのところまではバッターが一番好きな真ん中高めの速球と同じ軌道で、そこからストライクゾーン一杯にバラつくようなキレの良い多様な球種を持つことの有効性はデータ上も裏付けられている。


大貫晋一は、これらの助言を素直に受け入れて、真ん中高めの速球からのピッチトンネルを構築した。そして、このトンネル内を通ってから真っ直ぐ進むあるいはそのまま落ちる球(フォーシーム、スプリット)、右に曲がるあるいは落ちる球(カットボール、スライダー)、左に曲がるあるいは落ちる球(ツーシーム、チェンジアップ)をいずれも高い精度であやつるスキルを身につけた。


大貫の球種と球速については、iwoさんのノート(非常に丁寧で質の高い分析をされていたが、ここ半年ほど新作が無いようだ。iwoさん、読者の一人としてお待ちしています)があるが、彼は、ピッチトンネルを抜けて真っ直ぐ行ったり、左右に曲がったり、落ちたりするボールを持っていて、それぞれのグループの球質ではっきりと球速差のある異なるボールも使うことで緩急をうまく使いバッターのタイミングを外すこともできている。

https://note.com/iwo__zon__/n/n73b1450754fd


大貫晋一がこれまでに味わってきた瀬戸際が数多くあったからこそ、そして、その度に、今度が最後になるかも知れないと言う危機感を持って切磋琢磨して新たな技を習得したからこそ、今の彼があるのだろう。


最初に言った、私が嬉しかった、というのはこのことなのである。


自分を破壊する一歩手前の負荷が、自分を強くしてくれる。 ニーチェ