トミージョン手術からの生還者たち
ベイスターズの2021年は6年ぶりの最下位となったシーズンだったが、同時に、手術の年でもあった。
投手陣については、今年に限らず、投球の高速化やスライダーの多投などが顕著なここ数年の傾向として、肩・肘のクリーニング手術やトミージョン手術(1970年代に米国のフランク・ジョーブ博士によって考案された。初めてこの手術を受けたトミー・ジョン投手にちなんでこの名前で呼ばれるようになった)が多かった。
トミージョン手術というのは、損傷した肘の腱や靱帯を切除し、前腕や下腿あるいは臀部などから正常な腱の一部を摘出し移植して患部の修復を図るもので、側副靱帯再建術とも呼ばれている。
移植した腱が靱帯として定着するまでには時間がかかるため、長期に渡るリハビリが必要となる。
まず、2か月ほどかけてひじの可動域を元に戻していくトレーニングを行い、日常生活において支障なく腕を動かせるようにした後、軽めのウェイト・トレーニングを開始する。
徐々にウェイトの量を増やしていくのと並行して腕全体を強化するための様々なトレーニングを始め、日常生活や通常の運動ができるまでに回復したと判断された時点で投球を再開すする。通常、ここまでで約7か月を要する。
実戦復帰には12か月から15か月が必要となり、一般的には術後18か月で故障前と同レベルの投球ができるようになると考えられている(1〜2シーズンは実戦で投げられないこととなる)。
トミージョン手術を行うと以前よりも球速が上がるという俗説があるが、実施には若干低下する事例の方が多い。また、球速がアップしている場合も、手術の直接的な影響ということではなく、リハビリ期間中の下半身や体幹の強化、そして投球フォームの改善によるものと言われている。
つまり、リハビリ期間中に何をするのか、ということが極めて重要ということだ。
今日の記事では、ベイスターズでトミージョン手術を受けた投手たちの離脱から復活までの経緯をまとめてみたいと思う。
●大貫晋一投手
高校時代に肘痛を経験していたが日体大に進学し、2013年大貫投手が2年生の春にはベストナインに選ばれたが、その後、肘痛が再発して同年11月にトミージョン手術を受けた。
1年半のリハビリを経て大学4年生で実戦に復帰し、その後、新日鉄住金鹿島に入社して2017年の都市対抗で好投、社会人野球日本選手権では1失点完投するなどエースとして活躍した、これが2018年のドラフトでDeNAから3位指名を受けることにつながった。
NPBでは、2019年6勝、2020年10勝、2021年6勝と順調にキャリアを積んでいる。
●フェルナンド・ロメロ投手
2014年A級のチーム在籍時にトミージョン手術を受け、翌年のシーズン終了時まで全休したが、その後、順調に回復し、ミネソタツインズのプロスペクトに挙げられる存在となった。
2018年にMLBデビューを飾り、2019年はリリーフ転向。2020年シーズンは入国時の問題でシーズンを棒に振ることとなり、その後、ツインズからリリースされたが、今シーズンはベイスターズで活躍(特に後半戦)し、来シーズンのさらなる飛躍が期待されている。
●ブルックス・クリスキー投手
2016年ヤンキース傘下のA級に在籍中にトミージョン手術を受け、2017年シーズン終了時まで全休。しかし、その後、順調に回復し、ヤンキースのプロスペクトとなり、2020年にメジャーデビューを果たした。
2021年は1イニング4暴投でサヨナラ負けという辛い経験があったが、これはコロナ対策で急に招集した捕手の責任もかなりあると思う。
その後、ベイスターズに入団が決まり、来シーズンはセットアッパーあるいはクローザーの役割を期待されている。
ここまでが、既に復活を果たした投手たちだ。
いずれも、術後1年半で復帰しており、前例通りと言うことができる。また、3人ともリハビリ期間中の筋力強化やフォームの見直しなどで手術前よりも成績を上げている。
現在進行形なのは次の3人。
●田中健二朗投手
勝ちパターンの一角として2017年日本シリーズ進出に貢献したが、2018年シーズン後半に落とし穴が待っていた。
9月16日横浜スタジアムでの阪神戦3回無死満塁で二つの押し出しフォアボールを出した後にピッチャーの藤浪晋太郎に満塁ホームランを打たれてノックアウトされた。
その後、全く登板機会の無いまま翌2019年にトミージョン手術を受け、シーズンオフに育成契約に移行し、2020年はリハビリに終始して登板の無いまま終えた。
この頃、関内の飲み屋あたりでは、タナケンはもう無理かあー、と言って目に涙を浮かべながらホッピーをあおるおじさん達の姿がしばしば見られたそうだ。
この間、手術前と同じ投げ方だと肘に痛みがあったためフォームを変更し、140km/hそこそこだったストレートの球速は最速147km/hにまでアップした。ただし、以前得意だった大きなカーブは同じようには投げられず、変化球はスライダー主体ににシフトしたらしい。
今年、見事に復活し、ピンチの場面を何度か切り抜けたのは記憶に新しい。
●東克樹投手
言わずと知れた2018年の新人王(11勝5敗)だが、その後肘痛を発して、2020年2月にトミージョン手術を受け、その年は全休となった。
今年三度目の登板だった10月23日。実に792日ぶりに勝利を上げた。
その日私は浮かれて次のように書いた。
“今日の東は、一回にセカンドのエラーもあり、いきなり一死満塁のピンチを迎えたが、続く高橋周平をサードファウルフライ、渡辺をセカンドゴロに打ち取って無失点で切り抜けた。
これが大きかった。しかし、決して運ではない。東らしい丁寧かつ力強いピッチングだった。
その後は立ち直って2回から8回までパーフェクトで23人連続アウト。90球6三振で被安打1、四球1という堂々の投球だった。“
ストレートの球速低下を補うために、リハビリ中にファームで大家コーチからカットボールを習ったそうで、モデルチェンジに成功した感があるが、上に書いた他の例を見ると、ストレートの球速はこれから以前と同じレベルにまで戻る可能性がかなりあるように思う。
その時が彼の真の復活で、私は来シーズンの東投手の活躍が楽しみでならない。
東投手自身は、辛かったリハビリ期間について次のように言っている。
「振り返ってみれば貴重な時間でした。学生時代は体に対して深く気を使ったりしていなかったんですけど、あらためてこういう状況になって野球以外の面でいろいろと勉強することができました。体の動きに関してや、また食事や睡眠のことなど本をじっくりと読む時間もありましたし、“仕事”として野球というものを考えることができました」
「不調時も含めれば、約3年間、プロとして戦えていない。来季こそはフル回転でやっていきたい気持ちはありますし、むしろやらなければいけない。しっかりと責任感のある行動、言動をしていきたいと思います」
そして、平良拳太郎投手。
今年6月にトミージョン手術を受けたのはつい最近のことのように思える。今月9日、来季は育成契約を結ぶことが決まって、600万円減の2700万円でサインした。
リハビリの経過は順調で、現在40メートル程度の距離でキャッチボールができるまで回復しているという。来季の目標に「1軍復帰」を掲げているが、「焦ることなく治すことを第一に考えてやっていきたい」と冷静に語ったそうだ。
他の例から見ると、彼の場合、復帰は2023年春のキャンプで、その年のシーズンは序盤から登板する機会があるかも知れない。
平良投手の好調時はストレートも140km/h代後半が出ていたと記憶しているので、手術後これがコンスタントに出るようになった時がベイスターズの右のエースの一人になる時だろう。
野球一筋に人生を送ってきた投手たちにとって、トミージョン手術を受けた時は絶望の淵に立つような気持ちかも知れない。
しかし、これはピンチであると同時にチャンスでもあるのだ。下半身や体幹を鍛え直し、フォームを改良して、以前に増して素晴らしい投球をするようになった先人が何人もいるのだ。
そして、ベイスターズには今や組織としてこうした復活の道をサポートする体制とノウハウが整ってきていると感じる。
人生はボクシングと似ている。問題は倒れることではなく、倒れたときに立ち上がろうとしないことだ。 モハメドアリ
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