mizuyashikiのブログ

横浜ベイスターズを中心にその時に考えていることを書きます。

大貫晋一投手がフォーム修正に取り組む



12月14日 地元の神奈川新聞をはじめ多くのスポーツ紙上で大貫晋一投手のインタビュー記事が掲載された。ほぼ共通した内容なので、主なポイントをピックアップしてみる。


「最下位になってすごく申し訳ない気持ち。でも得られたものもある」


「豆苗からゴボウくらいになりたい」と昨オフは1日7食を日課に約5キロの増量に成功した。しかし、5月までに5連敗(1勝)。「序盤はうまくいかなかった。去年の体重に戻したらどうか」と減量した交流戦後は5連勝と息を吹き返した。


今は失敗も成長の過程と捉えている。「少し違うアプローチで取り組みたい」と、今オフは数キロ程度の“プチ増量”を計画。


秋季トレーニングでは制球力の向上へフォーム修正にも着手。斎藤チーフ投手コーチとは、3割3分5厘と打たれた左打者への配球などを話し合ったという。


これに先立つ11月23日、彼は横浜スタジアムで契約更改交渉に臨み、525万円アップの年俸5775万円でサインした。この時のコメントで次のようなものがあった。


「前半戦すごく苦しい投球になることが多かった。チームも最下位になってすごく申し訳ない気持ちがある。その中でも得られたもの、いい経験もできたので、それを来季に生かしていきたい」


「その中でも得られたもの、いい経験」については、以前も触れたがセイバーメトリクスで投手のパフォーマンスの主要な指標とされているtRA※(援護の有無や守備の善し悪しそして運と言ったものをできるだけ排除した投手の実力を示す)で大貫投手がすらりと並んだセリーグのエース達の中で堂々の成績をおさめたことからもそれがわかる。


※ true Runs Average:簡単に言えば、投手がある打球を打たれた場合、結果的にアウトになったかどうか(これは守備に依存する)は無視して、その打球の種類に応じて予想される失点への寄与をカウントするもの


1 J・ガンケル(阪神)3.00

2 奥川恭伸(ヤクルト)3.03

3 柳裕也(中日)3.05

4 大野雄大(中日)3.24

5 大貫晋一(DeNA)3.27

6 大瀬良大地(広島)3.29

7 CC・メルセデス(巨人)3.30

8 床田寛樹(広島)3.44

9 高橋奎二(ヤクルト)3.55

10 今永昇太(DeNA)3.56


今日は、大貫投手の今季(特に前半)の反省と今後の期待についてまとめてみる。


① 大貫晋一投手の特徴

大貫投手について私は非常に強く印象に残ったできごとがある。


2020年9月の横浜スタジアムでの中日戦。ベイスターズはオースティンの3本のホームランなどで大量リードを保っており、先発の大貫投手はイニング間に伊藤光捕手とベンチ横でキャッチボールを始めた(伊藤捕手は立ったままの姿勢)。


その日私はたまたま一塁側エキサイティングシート最前列で観戦していて、このキャッチボールを間近でみることができたが、ベイスターズの攻撃が始まるとそちらに目を奪われていた。


すると、自粛期間中でもありファンの声援が全くない静かなグラウンドで、「シュルシュルシュル・・・」という音がはっきりとわかるほど聞こえてきた。


大貫投手の投げたボールが回転して空気と摩擦する音だった。


間近とはいえ、20mほどは離れていたと思う。私は彼のストレートの回転の良さに舌を巻いたことが強く記憶に残っている。



この話からもわかるように、大貫投手のピッチングのベースはキレの良いストレートをコーナーに投げ込むことだ。


これに加えて、彼は、カットボール、ツーシーム、スプリットという140〜145km/hの球速レンジにある変化球でピッチトンネルを作ることができる。


ピッチトンネルというのは、下図に示す様に、ホームプレートの手前7〜9mのところにトンネルと呼ぶ仮想的な小さい円があるものと考え、この円を通した後、ホームプレートに達するまでの間にばらばらな場所に行くようにすると言うものだ。



バッターがボールを打つためには、トンネルのあたりまでに判断して始動する必要があるため、その後の変化には対応できず、空振りや打ち損ないになると言うのが背景にある。


ピッチトンネルの理論は一時期もてはやされすぎていて、実際にはコース自体が良いということの効用も含まれていたことが指摘された。しかし、それでも、宮下博志さんの最近の極めて緻密な分析の結果、ピッチトンネルにはやはり顕著な効果があることが示されている。

https://1point02.jp/op/gnav/column/bs/column.aspx?cid=53647


詳しくは上記のサイトで彼の論文を見てもらった方が良いが、簡単に言うと、次のようなことが結論として示されている。


1. バッターは真ん中高めの速球を狙っていて、これと同じ軌道の(つまり同じトンネルを通る)ボールに対して高い確率でスイングする。

2. 真ん中高めの速球を狙ってスイングを始めたバッターは、その後の変化には対応できず、特にストライクゾーンの境界あたりまで小さめに外れていくボールは高い確率で空振りあるいは打ち損じてしまう(大きく外れすぎると見極められてボールとなることが多い)。


まとめると、彼は、キレの良いストレートをコーナーに投げ込み見逃しや空振りを狙うことに加えて、甘いコースのピッチトンネルを使って打者にゴロを打たせて討ち取るというスタイルの投球ができる点がストロングポイントだと思う。


② 今シーズン前半の失敗

上記のストロングポイントがあるにもかかわらず、今シーズン前半、大貫投手は痛打されるシーンが目立った。この時のことについて、本人はこう言っている。


「両サイドにしっかりとまっすぐを投げ切ることができなかった」


命綱でもある右バッターへの内角攻めができなくなっていたのは「腕の振りが弱かった」からだ。ルーキーイヤーに6勝、昨年は10勝を挙げて迎えたプロ3年目。開幕から2カード目の頭を任された大貫投手には大事にいこうという意識が働いていたのかもしれない。


「思うようなピッチングができない中、勝ち星を掴み取ることができなかったので、なんとかしたいって気持ちはもちろんありました。そうなるとカウントを悪くしたくないという思いから、腕が縮こまってボールが弱くなっていたんだと思います」


実際、この時期(4/20~5/18)のゾーン別データを見てみると、膝元(インロー)の被打率が左打者で.333、右打者で.429と打ち込まれていて、左打者のアウトローも.571と狙い打ちされている。


腕が振れておらず球威がないため、きちんとコースに投げても打たれてしまっていたのだ。


③ 今シーズン後半の復活と来年への期待

復活のきっかけを掴んだのは、デッドボールだった。ファームでの3試合目の登板となった6月20日のスワローズ戦。大貫投手は右バッターの松本直樹にぶつけてしまう。彼は後にこう言っている。


「あれで吹っ切れました。ここまで強く腕を振っても、あのくらい……いや、当ててしまって申し訳ないんですけど(笑)、これだけ振ってあの辺かなって感覚を掴めたんです」


ファームでは、ブルペンでの緻密な作業に取り組んできた。


「両サイドにしっかりとまっすぐを投げ切ることができなかったので、腕をしっかり振って、強いボールをボールゾーンから徐々に中に入れていく練習をしました。内から広げるのではなく、外から中へ狭めていくんです。右バッターのアウトコースへは左のバッターボックスのラインから少しずつ近づけていく。間違ってもベース板の真ん中へ行かないよう、意識を強く持って投げました」


文章にすると何気なく聞こえるが、これはすごいことだ。どのくらい凄いかを見やすくするために、ホームベースとバッターボックスの位置関係を下の図に示す。



ご存知と思うが、ピッチャーのプレートからホームベースまでは18.44m離れている。そして、投手から見たホームベースの左端つまり右打者の外角ギリギリのコースとバッターボックスのラインとはわずか15cmしか離れていない。


彼の取り組んでいた練習は、まず、18.44m離れた左打者のバッターボックスのライン上に全力のストレートを確実に投げられるようにして、次に、全力投球のまま、そこから15cm離れたホームベースの左端まで少しづつ近づけていくという修行なのだ。


この修行の甲斐あって、シーズン終盤(9/15以降)のゾーン別データでは、右打者についてはアウトローに30%以上の投球を集中させ、そこでの被打率.100と抑えている。また、左打者についても、インローの被打率.167、高めでも2割程度に抑えることに成功した。


ちなみに、右打者のインコースと左打者のアウトコースの投球割合は少し下がるが、被打率はいずれも1割程度以下でさらに抑え込んでいる印象だ。


ただし、課題はまだ残されている。この時期でも、左右のコースに投げきれなかった場合の被打率が高いのだ。


左打者の真ん中(高めから低めまでのトータル)に投げた投球割合が27.5%で、被打率が.675。右打者の場合は投球割合が23%で、被打率が.422といずれも高い。


冒頭の記事にあった「秋季トレーニングでは制球力の向上へフォーム修正にも着手。斎藤チーフ投手コーチとは、3割3分5厘と打たれた左打者への配球などを話し合った」というのは、おそらく、この点だろう。


シーズン終盤でも比較的投球割合の低かった(インコース真ん中は6.3%)左打者の内角の厳しいところに投げきり、投球割合が27.5%あった真ん中のコース(高めから低めまで)を減らすことのできるような制球力を斉藤コーチと投球メカニズムから見直してフォームの修正を図ったのだろうと思う。


以前も書いたが、大貫晋一がこれまでに味わってきた瀬戸際が数多くあったからこそ、そして、その度に、今度が最後になるかも知れないと言う危機感を持って切磋琢磨して新たな技を習得したからこそ、今の彼があるのだと思う。


今回は、斎藤隆コーチと小谷正勝アドバイザーという強い味方を得て、彼がさらに飛躍してくれるものと期待している。いや、確信している。