mizuyashikiのブログ

横浜ベイスターズを中心にその時に考えていることを書きます。

東克樹投手は来シーズンに向けて自分自身をどのように設計しているのか

設計というのは、まだ無いものがどうあるべきかを考え、それを具体的な形にしていく行為だ。


将来設計という言葉があるように、我々は皆これからどうなりたいかを考え、その姿や振る舞いに近づけるように努力したり諦めたりする。


対戦相手に研究され対策を練られる立場にあるプロ野球の投手にとって、来シーズンの自身の投球をどのように設計するかは非常に重要な課題だと思う。


東克樹投手は2020年2月にトミージョン手術を受け、長いリハビリを経て今年10月に792日ぶりの復活勝利を挙げた。


そして、2022年は久しぶりにローテーションピッチャーとしてフルシーズンを戦うことになる。来シーズンに向けて彼が投球の設計に意欲的に取り組んでいることは想像に難くない。


今日は、最近のニュース記事やその中での彼のコメントを通じて、東投手が来年に向けて自分自身をどのように設計しているかを考えてみる。



① おしりプリプリ計画

DeNA、開幕投手の濵口が契約更改 東は復活へ「おしりプリプリ計画」

2021年11月24日 https://baseballking.jp/ns/305572


“トミー・ジョン手術から復活し10月23日の最終登板で勝ち星を上げた東克樹は、大幅なダウンにも「3試合しか投げていないので仕方ないと思います」とサイン。


「手術を経験して今シーズン最後に3試合投げられた。来年に向けて希望の光が見えている。自分自身に期待している部分があります」と笑顔を見せた。


現在は「トレーナーさんからパワーを生み出すことに繋がるように“おしりプリプリ計画”に取り組んでいます」と肉体改造に着手。


手術明けの左肘は「問題も不安もなく、万全の状態」で、来季は「5年目なので責任感のある投手として、フル回転で投げていきたいと思います」と完全復活を誓った。“



東投手は、立命館大学2年生の時に左肘痛で一年間登板出来なかった時があり(この頃から今回のトミージョン手術につながる負担の蓄積があったのかも知れない)、その間に徹底的に下半身を鍛えることでストレートの球速を向上させた。


そして、3年時の春季リーグ戦では、京都大学との1回戦でノーヒットノーランを達成するなどの活躍で、リーグのMVP、最優秀投手、ベストナインを受賞した。

また、チームを3季連続のリーグ優勝に導き、全日本大学野球選手権大会にも出場した。


4年の春季リーグ戦では、関西大学との1回戦で再びノーヒットノーランを達成。同じ投手による複数回の達成は、関西学生野球リーグ戦史上初の快挙であった。



昨年受けたトミージョン手術後の長いリハビリでも、筋力強化に取り組んだことは明らかで、復活時の東投手の体型は故障前と比べてかなりがっしりしていることがユニフォームの上からでも見てとれた。


彼が現在推進しているお尻プリプリ計画は、特に下半身を強化することにより、平均140km/h台後半、最速152km/hに達した故障前のストレートの球速を取り戻し、さらに向上させることを目指していると考えられる。


② 遅いチェンジアップ

DeNA東克樹「遅いチェンジアップを」中日笠原らと自主トレで宝刀に磨き

2021年12月19日

https://www.nikkansports.com/m/baseball/photonews/photonews_nsInc_202112180000634-0.html


“DeNA東克樹投手(25)が宝刀チェンジアップに幅を持たせる。


1月は、名古屋で中日の選手らと自主トレを行う予定。「笠原さんのチェンジアップを身に付けられたらいいなと考えている。濱口さんのもそうですが、今より遅いものがあれば武器になる」と、同じ変化球を得意とする左腕から学びたい考え。


トミー・ジョン手術から復帰し、来季の開幕ローテ入りと規定投球回クリアを目標に掲げている。“


東投手は以前からチェンジアップの使い手として高い評価を得ていた。

同じくチェンジアップを決め球としている濱口遥大投手に比べると空振り率は若干低いものの、東投手のチェンジアップはストライク率が非常に高く打者にとってより厄介なボールだ。


名捕手であり名コーチでもある田村藤夫さんが今年の東のイースタンリーグでの投球を見て、次のように仰っていた。


“この日の東はストレートが最速145キロ。手術前は148キロは出ていたと思うが、それに比べるとあと2~3キロは出るのではないかと感じる。そこに126~8キロのチェンジアップとなれば、打者は苦労する。


腕がよく振れていた。腕の振りは非常に大切で、打者は、変化球で腕の振りが鈍くなると、このわずかな違いで球種を見分けて対応してくる。この日の東のようにストレートと変わらない腕の振りをされると、緩急をつけられることで、対応が難しくなる。


東のピッチングは内容が良かった。第1打席では勝負球までチェンジアップを見せずに、組み立てている。


まず1、2球目でストレートを外角に投げ、外のストレートの印象を与えている。そこからインコースにストレート、変化球を4球続け、打者に内角を意識させた。


最後に外角へチェンジアップ。内角を意識させられた西田からすれば手が出しにくくなる。さらに初球、2球目のストレートの軌道があるため、18キロ前後の球速差のあるチェンジアップに惑わされる。


チェンジアップは奥行きで勝負できる特徴のある変化球だ。


スライダーやフォークはベース手前で横にスライドしたり、落ちるなど変化する。しかし、良く抜けたチェンジアップは、なかなかボールがベースに到着しない。


それもストレートとの球速差があればあるほど、チェンジアップは効果的になる。打者はこの時間差にタイミングを狂わされる。スライダーやフォークとはまたひと味違った対応が求められる点で、やっかいなボールになる。

捕手出身の私には「仮にバッテリーを組んだなら楽しいだろうな」と、思わせる内容だった。


内角を意識させたり、外角にストレートの軌道を見せたりしながら、打者の意識や残像を効果的に使いながら、勝負球のチェンジアップで打ち取る。


この日の東はストレート、変化球ともに制球のレベルが高く、受ける捕手からすれば、配球を組み立てる上で、いろんなアプローチが可能になる。そういう意味で、印象に残るピッチングだった。“



田村さんも「良く抜けたチェンジアップは、なかなかボールがベースに到着しない。それもストレートとの球速差があればあるほど、チェンジアップは効果的になる」と仰っていて、東投手の投球デザインもこの効果を狙ってのものだろう。


彼が目標としている中日ドラゴンズの笠原祥太郎投手のチェンジアップは自分のこれまでのチェンジアップよりも10キロほど遅い110km/h台前半のもので、腕の振りを変えることなくこの球種も身につけることができれば大きな武器になることは間違いない。


そして、もう一つ私が注目しているのは、東投手の遅いチェンジアップ習得に関するこの記事が今日のスポーツ紙の全てで報道されていることだ。


新しい球種と言うのはこっそりとやる場合と公言する場合とがあるように思う。


今永昇太投手のフォークボールなどはこっそりと始めて、気がついたら結構投げていたと言う感じだと思う。この場合は、比較的球速の近いボールが既にあって、バッターがそれと見間違うような効果を狙っているのだと思う。


これとは反対に、今回の東投手の遅いチェンジアップは自分から言いふらしているように見える。つまり、バッターに遅いチェンジアップの存在を意識させたいのだろう。

遅いボールを意識させることで他のボールが生きてくることが考えられる。


とは言っても、東投手の2021年シーズンのストレートの被打率は.036であり、既にこれ以上下げられないほど低い。

そう考えると、彼の真のねらいは被打率の高いカーブ(.333)やスライダー(.400)の効果を高めるような配給の幅を作ることにあるのかも知れない。


例えば、110km/h台の変化球がカーブだけなので、タイミングを我慢されると迷いなく狙い打ちされることがあり、そこで同じ球速帯の遅いチェンジアップを意識させて迷わせたい、とか。


あるいは、今シーズン彼にしては珍しく失投を痛打されることのあったスライダーとの球速差をつけることで、失投時に打ち損じる可能性を高める、とか。


9月末に東投手が一軍で復帰登板した夜、私は次のように書いた。


“東投手が去年の2月20日に左肘のトミージョン手術を受けてから、私はずっと待っていた。

今年になってキャッチボールを始めたというニュースを見た。その後も時々Twitterを覗いて近況を知った。


4月21日 手術後はじめて捕手をすわらせて投球しました。

4月24日 捕手の方にすわっていただいて初めて変化球を投げました。

5月9日 初めて打者に投球しました。

7月11日 ようやく実戦(二軍戦)に復帰しました。


徐々に復活しつつあることを知り嬉しかった。捕手をすわらせて、から捕手の方に座っていただいて、に変わったことも嬉しかった。投球以外にも成長しているのだろうと思った。


そして今日、東は2年ぶりに一軍のマウンドに立った。


青木への2球目は外角低めへのスライダーだったと思う。

そんなに甘いボールには見えなかったが、青木が一枚上だった。流し打ちの打球は風にものってレフトスタンドに吸い込まれて行った。満塁ホームランだ。


ここで東は降板。これが2年ぶりの彼の晴れ舞台だった。


この短い時間の出来事は、私の心のヨロイを突き抜けて、子供の頃と変わらないむき出しの自分自身に突き刺さった。立ち直るには、いつものように、2時間程度の有酸素運動で汗をかき、プロ野球スピリッツでかたきをとり、そして酒なども飲むことが必要だろうと思う。


しかし、私には、このショックよりもずっと大きな喜びがある。


そうだ。東克樹がとうとう帰って来たのだ。”


そして私は今、東克樹が帰って来てくれたことの喜びを噛みしめる日々を送っている。